はじめに(影絵劇への招待:晩成書房刊より)

〈夕暮れの時はよい時、限りなくやさしいひととき……〉

これは堀口大学の詩の一節です。
良くも悪くも生きざまのすべてを照らし出す陽光も、今は西に沈み、草も木も人もその余光の中ですべて影となっていくこのひとときは、何かホットした……忘れていた自分をとり戻したような、そんな貴重なひとときに思えます。
物のかたち、つまり輪郭線だけがはっきりと浮き出し、その他をヴエールにつつんでしまう。
この形式、この影絵的世界は、人々の心を夢幻(無限)の想像へとかりたてる、不思議な性質と、魅力をもっております。
水墨画版画に代表される、我が国の伝統的美術は、みなこの性質が巧みに生かされております。
私たちの先祖は、それらの作品を媒体としてそれぞれ一人一人の心の中に、自由な夢の世界を、繰り広げることを、楽しんできたようです。
それに比べ、近頃は、劇画や漫画に代表されるように、見るものにまったく想像の余地を与えない、あくの強い表現をするものが、増えてきております。
前者の作品は大切に保管され、くり返し鑑賞され、豊かな心の糧として尊重され、時代を越えて生きつづけますが、後者はななめ読みされ、すぐに捨てられてしまうのが普通です。
どちらが芸術の本当の姿で、人の心をいやすものであるかは、説明する必要もないでしょう。
想像力はやがて、創造力に発展します。科学的発展も、芸術的創造もすべて、これがもとになります。また、日常生活においてもこの想像力が豊かなほどうまくゆくようです。
つめこみの受験学習は、受験が終れば、すべて忘れてしまい身につきませんが、幼いころからこの想像力を養成するようにしておけば、これは学習だけでなく、あらゆることに応用され、その人の人生に利するはずです。
影絵はそのように、子どもたちの想像力をひき出す、強い力をもっておりますが、同時に質のよい影絵は、美意識を醸成いたします。
美しさに感動する心が生れますと、自然に醜悪を排除するようになります。心に夢をはぐくむ柔軟な精神を養い、感覚を通じて、人格教育の効果をあげることができます。
影絵はそのために必要なのです。

昭和五十四年一月               とう・たいりう

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