影とは? 影絵劇とは?

 影絵劇というのは、素材として影を使います。
ですから影というものの性質を調べ、それによく合った台本で、よく合った演出をしなければ、「魅力ある影絵劇」は作り出せません。

 影の特徴というのは「輸郭線」です。
人間でも動物でも、植物でもみんな輪郭線でしか表現しません。つまリ中が省略されているのです。
このため影絵というのは、「水墨画」と同じように、”省略の芸術”であるといえましょう。
芸術というのは虚構であり、そこには現実とちがったデフォルメ―つまり強調したり省略したりする部分があります。影絵、水墨画の場合には、この省略性が強く、一切ムダなところは省き、輸郭線だけを残しているわけです。
私たちは影をみせられますと、すぐに何の影だろう、中はどうなっているのだろうと思います。誰でも、全く自動的に、想像力を働かせます。これが影の特徴です。

 ではこの特徴を影絵劇に生かすには、どうしたらよいでしょう。

 例えば私ども、かかし座のレパートリーの中に「マッチ売りの少女」というのがあります。これは世界中の皆さんがご存知の、アンデルセンの名作ですから、それぞれの人々がマッチ売りの少女のイメージを持っているわけです。本で読んだり、お話を聞いたりした時に、それぞれの人が持つイメージ、これはひとりひとりみんなちがっています。そのため、役者さんを使って映画をとりますと、半分くらいの人は、何となくイメージがちがうなと思います。しっくりこない。

 ところが影絵でこれを演出して表現すれば誰もが納得するのです。

 影絵というのは、たくさんの人々の中にしみとおっているイメージをほとんどこわさずに、表現することができるのです。顔形、目鼻をつければ、また、なまの役者が演ずれば、みんなどうもちがうなと思います。文学として読んだ時にそれぞれの人が描いた、イメージがこわされてしまうのです。したがってこういう時は、影絵で表現するのが一番いいのです。

 影絵の持つ良さを生かすには、劇の素材としてなるべく『名作』をもってくるとよいのです。古くからたくさんの人が語り伝え、誰でもが知っている伝説や、昔話、神話なども向いているといえましょう。

 しかし長所というものは、必ず欠点にもなります。影絵の持つイメージの豊富さといいますのは、うら返しますと何にでも見えてくるという欠点にもなるのです。例えば、女の子のバターンを多くの種類、作るわけにはいきません。ですから四人姉妹が主人公である「若草物語」などは、むずかしいといえます。個性ある影絵人形というのは、なかなか作れないということにもなります。これは影絵のもつ、ひとつの宿命でありましょう。いわゆる人形劇の世界であれは、いくらでも個性的な人形を作ることができます。しかし影絵ではそれができません。けれども、この類型性の中に影絵を生かす要素もあるのです。昔話の中のおじいさんは、典型的、類型的なおじいさんでなくてはなりません。いいかえれば一目で ”あ、昔ばなしの中のおじいさんだな。”とわかるようでなくてはならないのです。ですから個性的なお話というのは人形劇にまかせておき、類型性というものが効果を発揮する作品をえらぶのが、最も良い方法であると思います。

 良い役者がつくと生きてくる、おもしろくなる、という台本があります。芝居は役者の演技の出来に左右されます。

 しかし影絵劇の場合は、台本の段階で読んだ時、すでにすばらしい感動を持たなければならないのです。そのくらい台本というものが大切になってくるのです。

 なぜかといえば、もうおわかりのように、影絵劇では人形の演技だけに頼れません。

 人形はスクリーンという平面の中で、抑制された動きをするだけです。ですから台本の段階で、ジーンとするような感動を受けるというところまで、つきつめてしまわなければならないのです。

 ですから説明のしすぎを、おそれてはいけません。悲しい場面に悲しい音楽、そして悲しいナレーションを入れてもいっこうにかまいません。ふつうのお芝居では、こうして重ねていくと、やぼったいといわれますが、影絵の場合は省略されているので、二重、三重にしていった方が、わかりやすくなるのです。

 「言葉」つまり「文学」と、「音楽」、「美術」という三つの異った場所からのスポットライトが重なりあって一点を照らし出した時、そこに浮かび上るのが ”影絵劇” なのです。

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