日本に影絵の伝統を築き上げることが目標
童心は世界を浄化し、調和を保つ

有限会社劇団かかし座 代表取締役
とう たいりう

「私の作品は祈りです。私は神の祭壇係で、祭壇の儀式なら私がやりますよという気持ちでいるんですよ」と語るのは、日本に影絵の伝統を築こうと努力している影絵劇団かかし座のとうたいりう氏。「とう・たいりう」という名は筆名で、本名は後藤泰隆といい(有)かかし座の代表取締役である。劇団の運営をはじめ影絵の脚本家として、あるいは作家として出版活動にと忙しい毎日を送っているとう氏にインタビューしてみた。以下はその要約である。

哲学を影絵で表現

ーーー影絵をはじめられたのは、いつごろのことでしょうか。

とう:学生のころなんですよ。戦後まもなく文士たちが集まって理想の文学をということで鎌倉アカデミアをつくりましてね。そこには演劇をはじめ、四つのコースがありました。わたしはその演劇科の一期生として入学したわけです。芝居をやろうと想ってそこに入ったわけですが、その中に影絵の好きな人、童心をもつ人がいましてね。その人たちと小熊座という影絵劇団をつくったのが、そもそものはじまりです。終戦直後の荒廃している時期によく地方を公演して回ったものです。もちろん車もありませんから舞台に必要な材木などをかついだりしてね。

ーーーNHKのお仕事をされるようになったのは。

とう:あれは昭和二十八年のことだったと思います。NHKのテレビ放送の開始と同時にやらせていただきました。たまたま知り合いがNHKにいましてね。影絵をテレビでやってくれないかというお話があったんです。それでその年にかかし座をスタートさせました。
 はじめのころはシリーズものでルパンをやりましてね。ほとんど毎日やっていたのですが、そのうちこれが週一回の放送になりまして、七、八年はつづけたと思います。
ーーーなぜ影絵にそれほど情熱を燃やしておられるのでしょう。
とう:哲学というと堅苦しくなりますがそれを単純明解な形で表したのは、私の場合は影絵なんです。実際、影絵を通して多くのことを教えられます。また、影絵は芸術の本質的なもの、暗示性と想像性を多分に含んでいますしね。
 何でもそうでしょうが、人間は一つのことに惚れ込んでいかなければだめだと思うんですよ。

ーーー哲学を影絵で表現する……。

とう:イエス・キリストの言葉に「幼子のごとくあれ」というのがあります。子どもというのは実に不思議な存在で、統計によると、犯罪者は子どものいない人に多いのだそうです。子どもがいればブレーキがかかりますからね。子どもに形見の狭い思いをさせてはならないというように。
 私は子どもを通して神を見ることができると思っていますし、また子どもがいないと社会は調和が保てないと思うんですよ。文学者によって意見は異なりますが、私は子どもによって世の中は清められ、悪い方向にいかないようにブレーキがかけられているのだと考えています。

ーーーなるほど。

とう:人間は誰もが童心をもっている。いくら年をとっても童心はノスタルジアとして私たちの心に生きています。それを的確にとらえて大成功したのがデズニーランドです。いってみればデズニーランドは全世界の夢を集約しているのではないでしょうか。しかし、日本では、ジャリ文化として片づけられてしまい、価値を認めてくれません。最近では少しずつよくなってきてはいますけれども…。もっともっと童心を人間の宝物として大切にすべきでしょう。私が影絵に打ち込むのは、一つには童心を追求していきたいと考えるからです。

虚構は神の世界である

ーーーたしかに子どもっぽいということでそれを軽んじるこ傾向はありますね。

とう:それも一つには厚顔無恥というか見識のない政治家が多いからですよ。たとえば音楽教育や国語教育にそうしたことが表われています。言葉の持つデリカシーを教えない教育が公然と行われている。例をあげれば「荘厳」の意味は「おごそか」と答えさせるような、単なる言葉の置きかえといった教育でしかない。情操教育はまったくなされていないわけです。私たちはそうした文部省の忘れている部分を埋めるために活動をつづけているんです。

ーーーたいへんですね。

とう:私は子どもを通して神を見ることができると思っています。私は実践家ですから学問的な知識はあまりありませんけれど、子どもに接する機会が多いし、感覚的にとらえることができます。童心がいかに世の中を浄化しているかわかりますし、その先に神の存在があることを確信しています。また、子どもを通して神を感じるようにならなければいけないと思いますね。芸術といわれる多くのものがそうであるように、影絵をやっていても神の存在を無視すると人を感動させるいい仕事はできません。ですから私は特定の宗教には入っておりませんが、個人として神をもっています。伝統を大事にする立場でもありますし、根源的な神の存在を感じてきたわけですよ。

ーーーすると、影絵を多くの人に見せて童心を思い起こさせ、それによって世の中を浄化していこうと……。

とう:それが目的といえますね。私は一生涯この影絵の仕事に取り組んでいきます。だから子どもばかりでなく、大人のかたにも見ていただきたいのです。
 弥次郎兵衛というおもちゃがありますね。私は弥次郎兵衛を自分の芸術論としているんですが、この弥次郎兵衛の一方の重しを現実とすれば、もう一方の重しは虚構となる。現実と虚構のバランスがとれていれば、弥次郎兵衛が倒れないように、人生もバランスのとれたものとなります。虚構は神のつかさどる世界、現実は辛く、恐ろしく、思い通りにならない世界です。そんな現実にいるからこそ人間は一輪の花の美しさに涙することもあるんです。

ーーー最後に一言。

とう:日本では影絵の歴史はまだ浅いんです。しかし、日本には水墨画や版画というすばらしい芸術があります。影絵はこれらとあい通ずるものがあると思うんですよ。ですから水墨画や版画を基本とした影絵をつくって、日本に影絵の伝統を築いていきたいですね。

ーーーありがとうございました。

『エコノミックジャーナル』
昭和53年11月15日発行より
編集・発行 日本経済通信社

前のページへ戻る